「新しい資本主義」のアカウンティング―「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア
- 本の紹介
- 利益最大化経営がかえって経済成長を阻む成熟経済社会のアポリアとは何か。持続可能な成長のための新たな会計モデルとは何か。岸田政権分配政策に影響を与える著者渾身の書。
- 担当編集者コメント
- 英国・オックスフォード大学の教授職を辞し帰国した本書の著者スズキ・トモ教授と、2017年10月にお会いする機会があった。
先生は帰国後すぐに驚いたことがあるとして、次のように語ってくれた。
「ワンコインでめちゃくちゃおいしいランチが食べられ、それが当たり前になっている。ここでは完全競争が実現されているんじゃないか。なんて成熟した経済なんだ。」
ただ、非常に高いレベルの財・サービスが安価に提供されている一方で、昨今の株主第一主義も相まって高い利益率が求められていることを憂慮されていた。そのような完全競争(に近い)状態で、利益率を上げるには、とにかく費用をカットするしかない。とすると真っ先に[ヒトへの投資]が削られるからだ。このあたりのロジックは本書でも特に力を込めて解説がなされており、まさにこれが副題で提示した【成熟経済社会のアポリア】として描かれている。
そのような構造的な問題に陥った本邦において、どうすれば人々の動機づけを変えることができるか。
その1つの答えが、アカウンティングの再設計であり、本書で提案される「付加価値分配計算書(DS:Distribution Statement)」である。
果たして、戦後の経済成長を牽引した従来のアカウンティング[損益計算書(PL)による経営・経済モデル]を脱し、株主のみならず事業の主たる関係者に対する付加価値の適正分配を促進《ナッジ》するための新しいアカウンティング/経営・経済モデルへの進化は可能だろうか…。ぜひご一読ください。
- 著者から
- ダイジェスト
第1章 「新しい資本主義」の意味:本書の目的と方法
1 本書の目的
2 本書が採用する方法
第2章 「新しい資本主義」はなぜ「分配」に注目するのか
1 『失われた30年』➔『株式市場の逆機能の20年』
2 ワニの口:投資家の資金提供機能の低下
3 投資家・株主のモニタリング・ガバナンス機能の低下
4 国富の海外流出:市民への利益還元機能の低下
5 グローバル化された株式市場と日本という行政単位
6 コロナ禍の経営と株主還元
7 株式市場の合理性:成熟経済社会の「利益」のアポリア
8 減資による「その他資本剰余金」30兆円は誰の手に?
9 成熟経済社会における「利益」や金融資本効率性追求の帰結
10 岸田政権の「新しい資本主義」再論
第3章 「分配」戦略の前提としての「成熟経済社会」とは
1 準・完全競争
2 準・需要飽和
3 人口減少
4 大規模自然災害などに起因する危機管理の必要性
5 まとめ:「利益最大化」から「付加価値の最適分配」へ
第4章 DS経営・経済モデル:「付加価値分配計算書」の活用
1 「成長戦略」と「分配戦略」
2 政府による「再分配」ではなく、企業の第1段階での「分配」
3 「利益最大化」から「付加価値の適正分配」へ
4 成熟経済社会におけるPL経営・利益最大化経営の帰結
5 DS経営モデルの導入
6 DS経営モデルの構造
7 付加価値の適正分配経営と「内からのガバナンス」
第5章 シミュレーション❶ マクロ・経済社会へのインパクト
1 配当を1ポイント下げるシナリオ
2 DS経営の効果
3 配当を引き下げずとも一定の効果
4 DS経営・経済モデルがもたらすマクロ経済的効果の総括
5 下請業者や中小企業やその他の広い事業関係者への分配
6 まとめ:DS経営・経済モデル―量と質における優越性
第6章 シミュレーション❷ 就活生-従業員・投資家・役員・事業の行動変化
1 学生・就活生・従業員の反応
2 投資家・株主の反応
3 政府の反応
4 すべての主要関係者のインセンティブのベクトルの統合
5 ユニリーバ:1つのケースから象徴的モデルへ
第7章 DS経営の実践に向けて:関係者の役割・動向
1 Web版シミュレーターの公開
2 DS経営モデルの意義の再確認
3 デフォルト性と(原則的)非強制性
4 協働してくれた企業との出会いと「想い」
5 企業の抱える悩み
6 従業員の熱意と経営トップの躊躇
7 民間組織や機関に期待される役割・動向
8 研究者に期待される役割・動向
9 政府に期待される役割・動向
終 章 成熟経済社会のアカウンティング:次世代のウェルビーイングのために