書評
「旬刊経理情報」2021年7月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:大嶋 裕美氏)に『実践 海外投資家に向けたIR・SR対応』(松本史雄・若杉政寛・井上肇・初瀬貴・鈴木修平・宮川拓〔著〕)が掲載されました。
本書を初めて手に取ったとき、思わず「IR部門在籍時に、この本があれば本当に助けになっただろうに!」と唸ってしまった。そして同時に、今後の企業IR関係者にとっては、このうえない心強い本が出版されたことを、心から嬉しく思った。
本書には、そのタイトルにあるとおり、「実践」的なIRの全エッセンスが、基礎から応用まで凝縮されており、まさにIR部門にとってのバイブルである。加えて本書は、ぜひ一般ビジネスパーソンにも読んでいただきたいと思う。金融の基礎的リテラシーが身につくだけでなく、いかに海外投資家がわれわれと切り離せない存在であるかを実感できるはずだ。
あまりなじみのない方もいるだろうが、海外投資家は日本株を30%程度保有し、また、東証一部の1日の取引金額に関しては、実にその70%程度が海外投資家によるものである。つまり、毎日われわれがニュースで見聞きする株式市場の動きは、その大部分が海外投資家によるものなのだ。本書では最初に、こうした「海外投資家」の実像を、運用手法、地域特性、ベンチマーク等、さまざまな角度から「彼らが何者なのか」を解きほぐしている。最近頻繁にニュースで目にする「アクティビスト」と称される海外投資家についての解説は本質をついており、読み終わった後には「アクティビスト」への見方がまったく変わっているだろう。
また、本書の最大の特徴は、企業IR部門にとって必要なIR活動が個別具体的に網羅されていることである。この本の指南どおりにIR活動を組み立てれば、間違いがないといってよいだろう。IR担当者に基礎な知識として、株価形成メカニズム等も丁寧に解説されており、株式市場のしくみを学びたいビジネスパーソンにとっても、非常に有益な内容だ。この他、本書では、投資のパッシブ化に伴い注目が高まっている投資家とのエンゲージメントや、実例を交えた臨場感ある法務対応等の解説も充実している。
このように、本書は実務上必要な全要素が網羅されており、IR担当者には手放せない1冊になるはずだ。ただ著者たちの本当のメッセージは、実務手引書として使うにとどまらず、さらに高みを目指し「IR部門の使命」を果たしていってほしいということだろう。
IRは決してルーティン業務ではなく、「企業と株式市場の生きた対話」なのだ。そして、自社と市場の架け橋となるのが「IR部門」であり、「自社の企業価値向上に貢献する」という大きなミッションを背負っている。IR部門が市場の声に真摯に耳を傾け、その忌憚なき意見を経営陣・社内にフィードバックすることで、「IR」を起点に、非効率な日本企業のカバナンスにメスを入れていってほしい、経営の近代化を目指してほしい、そうした思いがこの本には込められている。その使命を果たしていくために必要な情報が、この本にはすべて詰まっており、前に進むための羅針盤となるだろう。
大嶋裕美(パナソニック㈱コネクティッドソリューションズ事業開発部部長、プレミアグループ㈱社外取締役、公認会計士)