書評
『旬刊経理情報』2021年12月10日増大号の書評欄(「inほんmation」・評者:樋口 達 氏)に『ザ・M&Aディール』(デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社〔編〕 福島 和宏・鹿山 真吾・吉田 修平・池澤 友一〔編著〕)を掲載しました。
M&A実務書には、誰を対象者とするのか、また企業価値評価、デューディリジェンス(DD)等どのような切り口で整理するのかなど、さまざまなものが出版されてきた。本書は、事業会社のM&A実務担当者を対象として、「M&Aプロセス」を解説するという切り口で整理し、執筆されたものである。
経理・財務の実務担当者にとってのM&Aは、事業部門やコーポレート部門から、水面下で進行中であった案件の相談が突然舞い込み、たとえばDDの体制を組んでほしい、あるいは、買収価格が適正なのか、経理・財務の観点からも確認してほしい、といった形で始まることが多いのではないかと思う。M&Aは、案件自体が高度な守秘性を帯びているため、社内であっても、事前の情報共有が限られてしまう。このため、経理・財務担当者としては、事業部門が語る買収意義を鵜呑みにして、急かされるままに検討を進めてしまうこともあるだろうし、逆にリスクに関する懸念が払拭できず、一歩引いた慎重な姿勢を取りたくなることもあるだろう。
本書は、M&Aに精通した著者たちの経験が数多く盛り込まれており、M&Aの実務担当者が、案件の組成からクロージングまでの実務指南書とも呼べる内容となっている。このため、経理・財務担当者の立場からも、案件遂行にあたり、リスクの所在を的確に掴むうえで参考となる点が数多く盛り込まれている。
たとえば、買収条件の基本合意時までに合意すべき事項、DDの設計を見据えて担当者として確認しておく事項とは? あるいは、株式譲渡契約書の締結後クロージングまでに担当者として何をすべきか? など、一般的な実務書でもよく取り上げられる話題であっても、著者たちの経験から、一段掘り下げて解説されており、より実践的な知識として吸収することができる。
さらに、本書は、案件の組成からクロージングまでにとどまらず、その後のPMI段階における実務も押さえる形で構成されている。特に経理・財務担当者の立場からは、買収後の無形資産評価や減損判定なども見据えて、何を検討すべきか等を理解できる点も有益であろう。
本書も指摘するとおり、過去の日本企業によるM&Aの失敗は、クロージング後を見据えないままディールが遂行されたことに原因を有するものが多かったのではないだろうか。M&Aにおける前線での交渉、そのリスク評価、その後の買収会社の運営とではそれぞれ異なる能力が求められる。とはいえ、各担当者が共通的な理解に立ち、チーム一丸となって統合的に進めていくことが、M&Aの成功のために不可欠であろう。
本書は、M&A実務に係る担当者の共通理解に資するよう、簡潔かつ的確な解説により、M&Aプロセスの全貌を明らかにしている。これは、M&Aに対する日本企業の基礎能力を一段階引き上げようとする、著者たちの意欲的な試みでもある。再び勢いを増してきている日本のM&A市場において、必携の1冊といえるだろう。
樋口 達(大手門法律会計事務所弁護士・公認会計士)