書評
『企業会計』2022年5月号の書評欄(評者:角ヶ谷典幸 氏)に『会計のイメージを変える―経験学習による会計教育の挑戦 』(菅原 智〔著〕)を掲載しました。
評者の知る菅原智先生(関西学院大学教授)は国際文化論に精通しており,それを武器にして,未踏の地を切り拓こうとする勇敢な会計研究者であり,会計教育者である。まえがきに,「本書は,著者が過去20年近く取り組んできた会計教育に関する研究成果をまとめたものである。」(ⅰ頁。太字は評者)と述べられている。このことからもわかるように,本書は会計教育をテーマとした研究書である。
本書の目的は,「会計学を学ぶ者に対して,経験学習という新しいタイプの教授法を採用して会計学を教える場合,会計学に対するイメージや学習効果にどのような影響を及ぼすかを調査することにある。」(1頁)。そして本書の問題意識は,「最新の人工知能やロボット工学,オートメーション化などによ[り],...今後10年間に職業会計人の仕事の94%が奪われてしまう[かもしれないために],...会計士の役割を,より専門的判断を伴う高付加価値を有する専門分野に転換しなければならない...そのため大学で会計を専攻する学生は,卒業時点ですでに新たなスキルや能力を習得する準備をしなければならない。」(1-2頁)ことにおかれている。
ここに経験学習とは「経験からの変容を通じて知識を生み出すプロセス」(4頁)を基底にすえて,インターンシップ・プログラムやディベートなどを活用した学習をいうが,著者の関心はゲーム学習に向けられている。著者は,序章で研究目的,研究動機,リサーチ・クエスションの説明,第1章で問題の背景と理論の説明,第2章で先行研究の整理をおこなっている。そして具体的な学術研究の成果が第3章から第6章に収められ,第7章で総括されている。
ごく大まかにいうと,第3章では,レゴ®会計ゲ ームを活用した経験学習は会計のネガティブな印象を取り除き,(記憶や暗記に頼る)浅い学習から(問題解決や意思決定に重きを置く)深い学習へと変化させることを,イタリアの大学生を対象にした調査に基づいて検証している。第4章では,レゴ®会計ゲームを活用した経験学習は学習成果(適用力,チームワーク・スキル,コミュニケーション能力,学習意欲)を向上させることを,日本の大学生を対象にした調査に基づいて検証している。第5章では,シミュレーション・ゲームなどを活用したアクティブ・ラーニングは学習意欲を高め,職業会計人を目指すきっかけになりうることを,日本の大学生を対象にした調査に基づいて検証している。そして,第6章では,マネジメント・ゲームTMは効果的な教授法が備える属性を具備していることを,企業研修参加者を対象にした調査に基づいて検証している。
以上の発見事項を根拠に,本書は次の提言をもって締めくくられている。「会計学習者の深い学習は,経験学習により改善した会計に対するイメージの媒介効果によって促進される...会計教育・研究者は,自分の担当する基礎的な専門科目や低学年向けのゼミで,積極的に経験学習を実施すべきである...大教室では...毎回の授業に経験学習の要素を組み込むのは難しいが,学期に1-2回程度工夫して実施してみると良い。」(194-195頁)。本書はアンケート調査法を用いた歴とした研究書であるが,読み進めていくうちに,会計教育者に行動変容を促す教育書でもあることに気づかされる。
本書には,著者の好奇心旺盛で社交的なお人柄が随所に滲み出ている。我々を会計教育研究の奥深く広大な世界に誘ってくれる。学部上級生,大学院生,研究者および実務家におすすめしたい。著者の長きにわたる真摯な研究姿勢に深甚なる敬意を表したい。
[評者]角ヶ谷典幸 一橋大学大学院教授
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