『事業ポートフォリオマネジメント入門』(『旬刊経理情報』2022年5月1日号)

書評

事業ポートフォリオマネジメント入門―資本コスト経営の理論と実践旬刊経理情報』2022年5月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:坂本 里和 氏)に『事業ポートフォリオマネジメント入門―資本コスト経営の理論と実践』(松田 千恵子・神崎 清志〔著〕)を掲載しました。







 産業構造が激変するなかで、日本企業がグローバル競争で勝ち残っていくためには、自社の強みを発揮できる分野に集中投資をして競争優位を確保していくことが求められる。社外取締役の導入など形式面での対応は進んできたが、中長期の企業価値の向上という本来の成果につなげるための本丸となるのが、持続的成長のための事業ポートフォリオの変革である。

本書は、コーポレートガバナンス・コードで原則とされている「資本コストを意識した事業ポートフォリオマネジメント」を進めるための、詳細な解説と実務的な方法論を述べた書である。本書の特徴として、事業ポートフォリオマネジメントの重要性を、投資家視点を含め多面的に解説しながら、その対応方法を一から組み立てる処方箋も述べられており、事業ポートフォリオマネジメントの入門書として、そもそもの趣旨の理解から実践のために必要な知識・対応方法の習得まで、一冊で完結する構成となっている。企業の経営者、経営企画部門、経営管理部門をはじめ、経理財務部門、IR部門などの方々にとっても、大いに参考になるだろう。

松田氏は全社戦略およびコーポレート・ガバナンスの専門家として企業経営と資本市場の狭間にある諸問題に長年携わっており、多くの企業の実例から得た知見を活かして、取り組む際の勘所など具体的な指摘を行っている。神崎氏は長年の金融業界での経験をもとに金融商品・企業の定量分析のプロフェッショナルである。

内容としては、第1章では事業会社と投資家の視点の乖離について、鋭い洞察とともに述べている。第2章は、資本コスト・企業価値評価法など、グローバル経営の基礎となるコーポレートファイナンスの知識が手際よく解説されている。第3章からは投資家におけるポートフォリオと企業における多角化との関係に始まり、事業ポートフォリオマネジメントを進めるにあたっての具体的な展開が述べられている。特に、その重要な出発点となるのが、事業部門別のバランスシートの整備であるが、これを実践するための道筋、その際の留意点について丁寧に解説されている。第4章・第5章では、将来へのプランニングの必要性と、本社の機能や人的な展開の手法に至るまで経営のあり方に踏み込んだ解説がされている。第6章は、事業ポートフォリオマネジメントを実践するうえで土台となるデータインフラの具体的な構築手法を詳説している。特に、事業部門別のバランスシートの作成方法や事業価値の計測手法が、実例に基づき詳細に述べられている。

事業ポートフォリオの問題は、過去の経緯や人的な関係、「情」の要素が強く関わり、議論が複雑になりがちである。本書が指南する実務的な手法に基づき、データに基づく管理のしくみを整えることは、社外取締役を含む取締役会で実のある議論を行うための土台となるとともに、投資家の理解と信頼を高め、資本市場からの「コングロマリットディスカウント」圧力への強力な対抗力となるだろう。

坂本 里和(経済産業省 経済産業政策局 総務課長)

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