書評
『企業会計』2022年6月号の書評欄(評者:園田智昭 氏)に『日本的グローバル予算管理の構築―実務に根ざした理論化の試み 』(堀井 悟志 〔編著〕)を掲載しました。
本社と海外子会社のコミュニケーションは,時差や物理的距離により阻害される。本書では,それを補う方法として,財務情報を中心としたリモートコントロールとしての予算管理の有効性について検証している。編著者の堀井悟志教授は,予算管理に関する研究を精力的に続けており,本書は編著書という形式であるが,12章のうち7章は堀井教授の単著で,残りのすべての章でも共同執筆者として加わっている。
第1部では研究課題と研究方法が示されている。第1章では本書の問題意識を明らかにするとともに,研究方法と構成を示している。第2章では常識的知識という実践的知識に接近することで理論化を試みることが述べられている。
第3章から第7章までの第2部が,本論にあたる部分である。第3章では,408社からの質問票調査の回答から,海外進出している機能が製造職能か販売職能かによってコントロールの仕方が異なることを示している。第4章では,23社への聞取調査に基づいた分析を前提として共分散構造分析を合わせて行い,支配型予算管理を強化して管理会計リテラシーと情報の量・粒度・鮮度を高めることで,支援型予算管理が発展することを示している。第5章では,大手監査法人の海外事務所勤務の公認会計士4名に加え,グローバル展開する2社への複数回にわたる聞取調査を実施し,支配型予算管理における牽制機能の強化を検討している。第6章では,189社からの質問票調査の回答により,国内子会社と海外子会社を比較し,予算管理の仕組みには差がないものの,海外子会社のほうが予算管理がより有効に機能することを示唆している。第7章では,質問票調査に基づいた重回帰分析によって国内と海外の子会社の予算管理の有効性の違いを検証し,親会社が海外子会社の戦略・計画づくりから予算編成に関与することで有効性が発揮されるとしている。
第3部は,グローバル予算管理の有効性をより確かなものにするための補足的な研究として,管理情報システムの活用(第8章),原価計算制度の変革(第9章),職能ごとのコントロール・パッケージの使い分け(第10章),マネジメント・コントロールの動機づけへの影響(第11章)について検討している。第4部は第12章だけで構成されており,本書の結論として日本的グローバル予算管理の理論的特徴が示されるとともに,科学的知識と実践的知識の相互作用として,研究者と実務家の知識体系の架け橋である公認会計士やコンサルタントなどの臨床家の存在が強調されている。
本書の特徴は,定性的な聞取調査と郵送質問票調査に基づく定量的な分析を組み合わせて,日本的グローバル予算管理についての知見を導き出している点である。定性的な調査は,23社に対する聞取調査(第4章)だけではなく,大手監査法人の海外事務所勤務の公認会計士4名とグローバル展開する2社への聞取調査(第5章),ケーススタディ(第8章),アクションリサーチ(第9章)と多岐にわたっている。質問票調査に基づく統計的分析も,平均値の差の検定(第3章,第6章),共分散構造分析(第4章,第11章),重回帰分析(第7章),パス解析(第10章)など,さまざまな手法を駆使した分析を行っており,海外子会社の予算管理の実態を明らかにしている。
海外子会社の予算管理には,移転価格税制の予算への影響や,新型コロナウイルスの流行による海外子会社の業績の著しい変化など,本書で検討した課題以外にも多くのテーマが存在しており,今後の研究の発展が期待できる。本書は,グローバル経営に関心を持つ,すべての研究者,実務家,臨床家にとって多くの示唆を与える貴重な研究書である。
[評者]園田智昭 慶應義塾大学教授
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