書評
『旬刊経理情報』2022年5月10・20日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 芦田 千晶 氏)に『M&A・組織再編会計で誤りやすいケース35 』( EY新日本有限責任監査法人〔編〕 )を掲載しました。
長期化する新型コロナウイルスの影響などを背景として、世界的にビジネスの存在意義を経営戦略の中心に置く〝パーパス経営〟へのシフトが進んでいる。DXやイノベーションを加速させ世の中にある課題(社会課題を含む)を解決するビジネスへの関心が高まり、イノベーティブなスタートアップやAI、データ・アナリティクス等の成長分野は大きな投資対象となっている。このような世界的な流れを背景として、日本国内のスタートアップを対象とするM&Aは2019年以降増加傾向にあり、IPOと並ぶEXITの手段となってきている。
スタートアップを対象とするM&Aは、㈱メルペイ(㈱メルカリ子会社)による㈱Origami買収や㈱マネーフォワードによる㈱アール・アンド・エー・シー買収など、上場したばかりの新興企業による買収が多くみられ、ヘイ㈱によるクービック㈱買収など未上場企業が買い手となるケースも珍しくない。
本書においては、まずセクション1において、実行前の検討ポイントとして買収スキームによる会計処理の違いについて説明がなされている。適用される会計処理の概要を把握しておくことで、最適なスキームを選択することができる。
メインであるセクション2においては、「株式取得」、「会社分割・事業譲渡」、「合併」、「株式移転」、「株式交換」、「共同支配」などの場合に生じる実行時の誤りやすい会計処理として、実に31の「よくある誤り」がケーススタディとして紹介されている。
セクション3では実行後の検討ポイント、セクション4では実行後の誤りやすい会計処理として、PMI(Post Merger Integration)やPPA (Purchase Price Allocation) などの解説がなされている。
2020年3月に東証マザーズに上場した㈱ビザスクは、2021年11月、同じエキスパートネットワークサービス(ENS)を営む米国のコールマンを約112億円で買収した。コールマンの取扱高はビザスクの約2倍であり、「小が大を飲む」と話題になった。これは投資銀行および投資ファンド出身のCEOの端羽氏、投資銀行で約20年間M&Aを手がけ超大型売却をまとめたことでも知られるCOOの瓜生氏が慎重に準備を進めた案件であったが、一般的には買い手となる新興企業にとっては初めてのM&Aであり社内に知見が乏しいのが通常であろう。一方で、M&A・企業再編に関する会計処理は非常に難解であり、適用すべき会計処理を理解していなかったことによりスキームの選択を間違ったり、実行時の会計処理が適切でなかった結果、企業が大きな損害を受ける可能性も考えられる。
さらに、買収が完了した後も前記のPMIやPPA、のれんの減損など、継続して検討しなければならない会計論点が多数生じることも、M&A・企業再編における特徴であり、スキームの検討から実行後の会計処理まで、企業にとって長期にわたり気の抜けない期間が続くことになる。本書は会計処理を行う経理部門は勿論、M&A・組織再編などの戦略を検討する経営企画部門等の力強い味方になるであろう。
芦田 千晶(公認会計士)
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