書評
『旬刊経理情報』2022年7月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 菊池 勝也 氏)に『ESGカオスを超えて―新たな資本市場構築への道標 』( 北川 哲雄〔編著〕 )を掲載しました。
「ESG」は、時代のキーワードか、あるいはバズワードに過ぎないのか。ESGはまさにカオスの真っただ中にいる。このような混沌とした状況を改善すべく、脱カオスの動きが本格化しており、IFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による開示基準の開発などが急ピッチで進んでいる。本書は、資本市場が大きな変革期を迎えるなか、ESGの本質を考える絶好の機会を与えるものといえよう。
本書は、13名の研究者や実務家により、多方面にわたる論点を提示するものとなっている。まず、第0章として、全体にわたる問題意識が9つの視点としてまとめられている。これらは、情報を開示する企業と情報を活用する投資家双方に有用なメッセージである。特に「『価値』を強固・増大する手段として」という第2の視点は重要な示唆であろう。
第1~3章では、開示と対話に関する論説が展開されている。開示基準や開示媒体が乱立する状況が統合化に向かうなか、議論の現在地を確認することができる部分である。グローバルに進む議論のスピードが極めて速く、最新動向を追うだけでは、表層的な理解にとどまる可能性が高い。現在地までの道程を整理しておくことが重要であろう。
第4~5章は、ESG情報を利用する投資家の実際が述べられている。アクティブ運用とパッシブ運用の違いに関する課題やESGインテグレーションの手法がまとめられており、企業にとって参照すべき点が多く含まれている。
第6~9章においては、ESGという概念の奥深さを感じることができる。ここでは、技術経営、人権という論点が具体例をもって示されていることに加え、経営戦略や財務との関連についても言及されている。このように、ESGは多様な文脈のなかで、議論される対象であり、だからこそカオスが生まれる余地が大きいことを認識させられる。
最後は、ガバナンス論となっている。第10~12章において、グローバルな観点と日本におけるコーポレートガバナンス・コードに関連する議論が整理されている。ESGに関する取組みは、ガバナンスに始まるといってよい。グローバルな視点に立ったガバナンス分析により本書がまとめられていることで、ESGに関する実践のあり方を再考することができる。
本書は、いわゆるオムニバススタイルをとっており、多様な論点が深い視座から提示されている。このため、一見まとまりのなさを感じるかもしれない。しかし、各論説の配置が工夫されているため、冒頭に提示される9つの視点の深掘りがしやすい構成となっている。
本書自体がカオスといえるが、その一方で脱カオスの方向性を感じとることができる書といえる。混沌とした変化のときだからこそ、視野を広げることが求められる。企業と投資家の間で、本書をきっかけに議論が深化することを期待したい。
菊池勝也(東京海上アセットマネジメント㈱理事・責任投資部長兼オルタナティブ責任投資部長・ESGスペシャリスト) 記事掲載書籍をカートに入れる