『契約解消の法律実務』(『旬刊経理情報』2022年10月1日号掲載書評)

書評

契約解消の法律実務
旬刊経理情報』2022年10月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 石井 隼平 氏)に『契約解消の法律実務 』( 松田 世理奈・ 辛川 力太・ 柴山 吉報・ 高岸 亘〔著〕 )を掲載しました。







契約書の審査に関する本は数多くあるが、契約の解消に焦点を当てた本はそう多くない。しかし、契約の解消の実務は契約書の審査・締結より遥かに難しいと感じる法務部員が多いのではないか。現実にトラブルが発生しているなどのネガティブな理由があって、契約を解消することを考えるものであるから、絡まった糸をほどくように、注意深く取り扱う必要がある。

また、判例などを題材としたケーススタディを取り扱う書籍もあるが、本書の第2章では、契約類型ごとに事例を挙げ、実際の進め方まで説明している。たとえば、社内での検討、事業部へのヒアリング、先方との交渉、トラブルを踏まえた改善策など検討の流れに従って解説している点において特徴的であり、執筆者の組織内弁護士としての経験が遺憾なく発揮されたものと感じる。

近年、法務部員に求められる役割として、法律問題の指摘・分析だけでなく、それらを前提として、会社がどのように進んで行くべきかを議論し、社内でのコンセンサスを取りつけていく、ファシリテーターとしての役割を果たすことまで求められていると感じる。法務機能がプレゼンスを発揮するためには、会議での説得力が欠かせない。法務部員に相談すれば何とかしてくれるという信頼関係を築き、早期に相談いただくことで、会社の法的リスクを管理・軽減することにつながるのである。

しかしながら、法務部員は法律問題の指摘・分析の訓練は受けているものの、社内での議論の進め方や事業部等へのヒアリングなどのファシリテーターのスキルは、属人的でブラックボックスになりがちであり、OJTで身に付けようとしても非常に時間がかかるものである。この点から考えると、本書はOJTを補完する形で、読書による追体験をすることによって、日々の法務業務に活用できる良書である。

また、外部弁護士としても、社内での動きを把握したうえで、アドバイスすることができることは、他の弁護士との差別化を図る要素として非常に重要だと感じる。この点、本書は、外部弁護士と企業法務担当者との橋渡しの役割を果たすものでもあるのではないか。

あえて課題を挙げるとすれば、本書は、検討の流れと実務対応の概要を示すものであり、1つの論点を深く掘り下げることはしていない(あえてそうされたものと思料する)ため、それを求める読者には物足りないかもしれない。また、前記の組織内弁護士としての経験をさらに活かし、社内で求められるスキルを取り上げて、コラムとして記することも一案なのではないかと考える。

第2章で取り扱う契約類型は、売買契約、継続的契約などの基本的な類型から、AI開発契約まで最先端の分野を取り上げており、大所は押さえている印象だが、追加したい類型もあったのではないかと推察する。さらなる契約類型の加筆を期待したい。

企業法務担当者だけでなく、外部弁護士などの多くの実務家にも、道しるべとなる最良の一冊である。

石井隼平(YKKAP㈱専門役員リーガルカウンセル弁護士)

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