書評
『旬刊経理情報』2023年2月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 横田 絵理 氏)に『人的資本経営のマネジメント―人と組織の見える化とその開示 』( 一守 靖〔著〕 )を掲載しました。
本書は、人的資本の測定について、人事の実務家としてのスペシャリストであり、かつ研究者としても着実に業績を積み重ねている著者により、わかりやすく説明された書籍である。測定しにくいとされていた人的資本であるが、企業価値に結びつくか否かを判断するための測定の必要性が近年議論されている。資本の測定は長年会計分野で研究が蓄積されてきたが、現在、人的資源分野でも人的資本の測定は熱いトピックスの1つである。外資系企業の人事の責任者としての経歴とともに、博士学位を取得し、現在はMBAを目指す学生の教育に携わっている一守氏だからこそ、組織にとって重要な人的資本について、実務家としての実践経験と研究者としての知見からわかりやすく説くことが可能になったのである。
本書の概要を紹介する。まず第1章では、本書の目的や構成について述べられている。人的資本が今、重要とされている理由、測定開示の必要性、特に「組織コミットメント」の重要性が語られる。続く前半第2章から第4章までは、人的資本についてのこれまでの研究蓄積がやさしく体系的に説明されている。第2章では近年の人的資本への注目の理由として、ISO30414、コーポレートガバナンス・コードを含めて説明されるとともに、日本型および欧米型雇用システムも紹介される。第3章では戦略的人材マネジメントについて、第4章では人的資本経営と企業価値向上との関係が述べられている。
後半第5章からは人的資本の測定について、指標を選択する際の考え方、国際機関・団体の取組みについても紹介されている。その後、国際標準化機構が提示するガイドラインであるISO30414が提示する指標を中心として著者の解釈が述べられる。第5章は本書の大きな柱である。人的資本を測定する指標は多岐にわたるが、それぞれの指標の意味や必要性について丁寧に著者の考えが述べられる。第6章では人的資本の測定と開示の事例として2社が紹介される。1社はグローバル企業としてのソニーグループ、もう1社は中堅企業の㈱構造計画研究所である。両者の事例から人的資本経営を根づかせるために、企業トップの想い、リーダーシップの重要性が述べられる。なぜ人的資本を測定、開示しようと考えたのか、指標の選定および、効果について各社の取組みが紹介されている。事例から、著者は「人的資本の指標は企業のカスタムメイドであることが重要であるが、組織コミットメント指標は含めるべき」と主張する。
人的資本の測定と聞くと、実務的なノウハウの書かれた書と思われるかもしれないが、本書では、前半に人的資本に関しての研究概要がわかりやすく記述されており、測定がなぜ必要なのか、その背景も理解できる。そして、後半はISO30414に含まれる人的資本に関連した指標の解説がなされる。実務家はもちろん、人事関係者、そして、会計担当として見えない資源の測定にかかわる方々にもおすすめの1冊である。
横田絵理(慶應義塾大学商学部教授)
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