書評
『旬刊経理情報』2023年3月1日号 の書評欄(「inほんmation」・評者: 柳池 剛 氏)に『プライバシーガバナンスの教科書 』( 小林 慎太郎・ 夛屋 早百合・ 芦田 萌子・ 中居 捷俊 〔著〕 )を掲載しました。
「教科書」と聞くと、そこはかとなく無味乾燥な印象を抱いてしまう方や何となく身構えてしまう方も多少なりともいるのではないだろうか。私にもそのようなものの見方が少なからずあったが、その一方で、本書には必ず何か面白いことが書かれているに違いない、という期待もあった。本書の著者の1人である小林慎太郎氏は、総務省・経済産業省の「企業のプライバシーガバナンスモデル検討会」の構成委員を務めているだけでなく、長い間プライバシー分野で活躍している有識者であり実務家である。そんな同氏が総務省・経産省から公表されている「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブック」の二番煎じで終わるような本を作るわけがないという信用があったからだ。
読後の感想は非常にシンプルだ。私は本書を「プライバシーガバナンスの必読書」として、プライバシーに携わるすべての人に強くお薦めしたい。理由は次のとおりである。
国の指針としてプライバシーガバナンスのあるべき姿は示されたものの、多くの企業はそれをどう実践に移すか迷っている。この状況を打破し、企業がこの理念を行動に落とし込めるようになるための一助となることが執筆の動機であると、本書の「おわりに」のなかで明かされている。
著者一同が実務を通じて培ってきた経験から普遍的要素を抽出してまとめた本書は、プライバシーガバナンスとは何であり、なぜ必要とされているのか、どのように体制構築を進めればよいのか理路整然と説明するだけでなく、プライバシーガバナンスを推進するうえで必ずと言ってよいほど多くの企業から出てくる疑問に対して、明確なスタンスを提示していることに、真価があると私は思う。
プライバシー機能が組織内のどこにあるべきか、人材は専任と兼務のどちらがよいのか、プライバシー保護責任者に求められる資質など、これからプライバシーガバナンスの取組みを進める企業においては心強い指針となることは間違いない。これらの組織や人材のあり方に関する意見は、すでに取組みを始めている企業においても有益だろう。
組織を変えることは一筋縄ではいかず、当事者であるがゆえに言い辛いこともある。本書はこの点をよく汲み取っており、「よくぞ言ってくれた!」と思わせる箇所が複数ある。体制構築に苦労している人はぜひ本書を手に取り、自分では言い辛い部分に線を引くなり、付箋を貼るなどして、そっと上司の机の上に置いておくのも一計ではないだろうか。
最後に、本書で述べられているガバナンスを定量的に評価する方法は非常に秀逸であり、私は初めてその部分を読んだとき、思わず裏表紙で本書の値段を確認してしまった。これほどの情報を2,000円そこそこの本書に、惜しみなく掲載してしまう著者一同の懐の広さに驚いた。プライバシーガバナンスに取り組むすべての人にお勧めしたい一冊である。
柳池 剛(プライバシープログラムマネージャー)
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