書評
『税務弘報』2023年4月号の書評欄(「BOOKS」・評者: 酒井 克彦 氏)に『事例でわかる!NFT・暗号資産の税務 』( 泉 絢也・藤本 剛平〔著〕 )を掲載しました。
本書は,租税法の研究者である泉絢也氏と税理士である藤本剛平氏による共著である。
NFTや暗号資産のような新たな経済事象に対する課税上の取扱いについては,必ずしも早い段階でそれが明らかにされるわけではない。具体的に明確になるのは,例えば,課税当局が課税上の取扱いを通達の発遣や情報,Q&A等の発出によって公表する段階である。もっとも,かかる取扱いに疑義がある場合,それが本当の意味で法解釈として妥当なものであるかどうかは,最高裁判決などの確定的な判断が示されて初めて明らかになるものであるといえよう。
しかしながら,申告納税制度の下では,そのような状況になるまで納税者は待っているわけにはいかない。そこで本書のような書籍が納税者のためになることは言うまでもないし,著者もその点を意識して執筆されているようである。裁判例の確定と同時に研究者による研究が急がれるところであるが,それとても相当の時間を要することになる。かような意味では,本書は学説の形成にも極めて重要な意義を有しているといえよう。
ところで,確定的な課税上の取扱いが明らかにならない理由は,ひとり租税法上の解釈にのみあるわけではない。そもそも,租税法の適用の基礎となる事実関係を規律する私法や各規制法における取扱い自体も必ずしも確立しているわけではないからである。また,議論の前提である技術に対する理解までの時間的問題もそこには所在する。かような意味では,多くの期待を受けた本書の役割は極めて大きいものであるといえよう。
国税庁の見解さえ出ていない空白域なども多いが,そのような点にも踏み込んだ記述がなされているのが本書の特徴である。また,本書では,国税庁が示す取扱いについて,正面からの疑問の提示もなされており,今後の議論に資するものといえよう。
例えば,暗号資産に該当しないデジタル証券としてのセキュリティトークンによるICO(InitialCoin Offering)が資本等取引に該当しない点についての検討の余地の問題や,譲渡所得の基因とならない資産として暗号資産を一律に捉える考え方への疑問なども提示されている。
かような意味では,第1部の理論編において,国税庁の公式見解が出ていない論点,出てはいるがその見解とは異なる見解がありうる論点,法的な議論が未成熟である論点などに「あえて一歩踏み込んで」著者の見解を記載している点こそが本書の魅力の1つであるといえよう。
そのような理論面での魅力としのぎを削るのが,実務面での整理された情報提供である。この点,実務家向けには第2部の事例解説編が大変わかりやすいものとなっている。本書を手に取る実務家にとっては,むしろ第2部こそがより魅力的に映るかもしれない。具体的なQ&A方式は,読みやすさという点でも配慮されている。
本書は実務家のみならず研究者や学習者にも魅力的な書籍であり,これらの方々にぜひともお薦めしたい。
このように本書は,理論面においても実務面においても的確な情報提供を提示するとともに,問題点の摘示がなされている点に特徴があるといえよう。2人の執筆者がそれぞれの持ち味を生かした書籍として成功している。
酒井 克彦(中央大学法科大学院教授)
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