書評
『旬刊経理情報』2023年5月1日号 の書評欄(「inほんmation」・評者: 荻野 勝彦 氏)に『成熟産業の連続M&A戦略―ロールアップ型産業再編の手引き 』( 上野 善久 〔著〕 )を掲載しました。
「成長産業」という語を聞かない日がない。「わが国経済の閉塞感を打破するには、衰退産業から成長産業への労働移動が必要だ」などという。「衰退産業」呼ばわりされた人々の内心はいかばかりか。「われわれは衰退産業ではない、成熟産業なのだ」という声が聞こえてきそうではないか。
成長産業を育成することは大切だ。そのためにも、今現在現実に大きな付加価値を生む成熟産業が、引き続き活発な経済活動を営み続けることは、同じくらい重要であろう。成熟産業の活性化には、業界再編・産業再編が欠かせない。その戦略の1つとして重要なのが、ロールアップだ。ロールアップとは、同業他社多数の合併を通じて規模の拡大を図るもので、業界再編の有力な手法とされている。比較的小規模な企業が多数林立する業種に適し、タクシーや調剤薬局などにその例がみられるという。本書はその、おそらくは本邦初の手引き書であろう。著者は自らも酒販業界において17社の連続M&Aによるロールアップを成功させており、その経験を踏まえて体系化されたノウハウは説得力に富み、また、著者苦心の多数の図表は読者の理解を容易なものとしている。
第1章では、まず成熟産業での連続M&Aとは何か、その意義、類型、事例が解説される。それ以降は、M&Aの段階を追って、そのノウハウが示される。第2章は業界の選定である。その業界が連続M&Aに適しているのか否かの判断について述べ、適しているとなった場合の準備、体制づくりについて解説される。第3章ではいよいよM&Aの実行となる。合併相手の選定にはじまり、相手経営者の説得に向けたビジョンづくりや不安払拭、相手企業の従業員や顧客先への働きかけ、外部専門家による資産査定の受入れから競合対策まで、合併成功に向けたノウハウが惜しみなく開示される。第4章は事業統合手法の検討に当てられ、「ファミリー企業のM&A」の特性に適した手法が提示される。第5章は連続M&Aの出口戦略とその後の経営についての解説となる。
本書の利点は数多いが、ここでは2点紹介したい。1つは、本書が「人」の視点をきわめて豊かに有していることだ。M&Aというと、事業分野や営業地域などの補完性や管理部門の効率化といった、俗に言う「シナジー」が注目されがちだが、現実にその成否を分けるのは多くは従業員の融和であろう。評者の専門は人事管理論だが、本書で語られる業務部門の中核人材や旧創業家の処遇のあり方、従業員に関する心配への対処、被買収先オーナーの心情に配慮した統合手法の選択などは、M&Aの場面に限らず、広く人事管理一般に対する示唆にも富むものと感じた。
もう1つ挙げたいのが、本書の豊かなストーリー性だ。本書は実務書ではあるが、そこには連続M&Aの入口から出口に至るさまざまなドラマがあり、専門外の評者も、あたかも小説を読むかのように通読してしまった。M&Aに携わる人以外にとっても有益で楽しい一冊であり、多くのビジネスパーソンに一読を勧めたい本である。
荻野 勝彦(中央大学ビジネススクール 客員教授)
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