『実践インキュベーション―大学発スタートアップ・エコシステムへのインサイト』(『旬刊経理情報』2023年6月1日号掲載書評)

書評

実践インキュベーション―大学発スタートアップ・エコシステムへのインサイト
旬刊経理情報』2023年6月1日号 の書評欄(「inほんmation」・評者: 中村 雅也 氏)に『実践インキュベーション―大学発スタートアップ・エコシステムへのインサイト 』( あずさ監査法人インキュベーション部 〔編〕 )を掲載しました。







昨今、大学の研究成果をスタートアップによって社会実装し、社会課題の解決へつなげようとする機運が高まっている。これを実現するためには、大学発スタートアップがベンチャーキャピタルから資金調達を行い、新規上場や合併買収などのイグジットを目指し、製品を市場へ届けていくために、「ヒト」、「モノ」、「カネ」の3要素が研究成果に対して投入され、市場ニーズと経済成長へと結びついていく必要がある。

本書で述べられている「インキュベーション」とは、まさに大学発スタートアップとして起業する前から、これら3要素を大学と結びつけるために必須な機能である。実際に海外の大学には、行政、NPO、民間など、さまざまな形で「インキュベーション」が提供されてエコシステムが形成されている。国内の大学や公的機関に対する研究費、研究論文の数や質のグローバル比較については本書でも述べられているが、スタートアップを介した社会課題の解決や経済成長といったエコシステムのなかで、研究シーズだけでなく人材の輩出を含めて大学に期待されている役割についても、本書で深く分析されている。

本書においては、①研究とビジネスの分離、②エコシステムの構築、③スタートアップの成長に伴う収益が大学に還元されるしくみ、④知財の利用しやすさの4つが、大学における課題として取り上げられている。まさに、スタートアップとは、リスクは高いが成長が見込める事業に対して、ベンチャーキャピタル等からのリスクマネーを投入して迅速に新規上場や合併買収を経て、収益が還元されるとともに、製品を社会へ届けることを目的としている。大学においても、大企業へのライセンスアウト、受託業などイグジットを目指さないビジネスモデルやユニコーンを目指すスタートアップ等を大学内で精査しながら、前述の4つの大学の課題を解決していくことは難しい。

本書では、スタートアップ設立後に必要となる経営管理、資本政策、知財戦略、さらにはアメリカでのスタートアップの成功事例、普通株式と種類株式など大学の教員にとってあまり馴染みのない情報に至るまで解説を交えて紹介されている。本書が、若い学生にとってはスタートアップとは何かを理解する機会となり、さらにスタートアップ支援に関わる大学職員にとっても課題を見直すだけでなく、合併買収やイグジット後の成長戦略、コンプライアンスなど長期的な視点に立って再度大学発スタートアップを考える機会になると確信している。

慶應義塾大学では産学連携による大型共同研究・スタートアップ支援を行っている。私たちの想像を越えるスピードで、医療・ヘルスケアが進化するなかで企業的な視点は欠かせない。是非とも、多くの皆さんに本書を手にとっていただき、スタートアップの創出を見据えながら、社会課題の解決や経済成長に向けてさらに活動されていくことを願ってやまない。

中村 雅也(慶應義塾大学医学部副医学部長 産学連携イノベーション担当 整形外科学教室 教授)

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