書評
『旬刊経理情報』2023年7月1日号 の書評欄(「inほんmation」・評者: 藤野 真也 氏)に『基礎からわかる「ビジネスと人権」の法務 』( 福原 あゆみ 〔著〕 )を掲載しました。
ロシアによるウクライナ侵攻やミャンマーにおける軍事クーデターをきっかけに、人権侵害に対する国際社会の関心は、かつてないほど高まっている。また、アフリカや南米、アジアをはじめとした新興国・途上国を含め、貧困・格差の拡大により、劣悪な環境のもと、現代奴隷ともいわれる違法な労働が強いられる地域もある。こうした深刻な社会問題に対し、企業が与える影響は計り知れない。
国際社会は人権侵害に関与する企業に厳格な姿勢で対峙する。投資家やNGOなど経済社会・市民社会からの要求も高まっている。企業は必然的に、人権問題と真剣に向き合い、組織的な対策を講じることが求められるわけである。むろんグローバル化を加速させる日本企業も例外ではない。
とはいえ、本書が指摘するとおり「ビジネスと人権」というテーマは対象領域が広範であるがゆえ、問題の実態がつかみにくい。このため、実務上どこから手をつけるべきかの判断が難しく、企業としても対策の一歩を踏み出しづらい。
また、いざ踏み出そうとすると、理論上、弱者救済を志向する「人権」という概念が、競争を志向する「ビジネス」という概念との間で、しばしば対立を起こす。これが組織の問題として顕在化するとき、現場担当者を板挟みにしてしまうこともある。
本書でも取り上げられるように、企業が人権リスクに直面した際に迫られる「取引関係から離脱すべきか」という判断の難しさは、まさにここにあるといえる。
この点において、本書の著者は、サステナビリティやコンダクトリスクといった長期的かつ幅広い視野を土台に据え、対立する2つの概念の間でバランスをとりながら、国際社会の規範と現場のケースを丁寧に紐解くことで、困難な状況に置かれる現場担当者が拠って立つべき指針を提供している。著者は、法務省・検察庁における検事としての経験を背景に、海外ビジネスをめぐる危機管理やコンプライアンスの案件に、弁護士として従事してきたエキスパートである。高度な専門性を持ちながら、多様な立場から現場の問題に向き合ってきた著者だからこそ、こうした視点を備え得ることは、想像に難くない。
人権問題に対する企業の関心は、かつてないほどの高まりをみせているものの、多くのビジネスの現場で行われる現実のアクションは、理想に程遠い。加えて、人工知能などのテクノロジーをはじめ、新たな領域をめぐる問題が次々と現れている。したがって、ビジネスと人権の実践を本格化するにあたり、結論の不透明な問題に判断を下すべき局面は、今後一層増えるだろう。
その意味で、企業は現実を見据え、組織としてできること、やるべきことを模索し、足元から実行していく必要がある。だからこそ、実務に携わる人々の手元に、日々の判断の羅針盤として、本書が置かれることを期待したい。
藤野 真也( 麗澤大学国際学部グローバルビジネス学科 准教授)
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