書評
『旬刊経理情報』2023年11月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:手塚 正彦 氏)に『スタートアップ/ベンチャーの経営強化書―持続的成長のための"次の一手"の考え方』(三浦 太〔著〕)を掲載しました。
起業やIPOの手続についての解説書や、資本政策、ファイナンス、法律問題、ストックオプションなどの特定のテーマに関する書籍は世にあまたある。しかしながら、スタートアップ/ベンチャーの持続的成長を支援するために書かれた包括的な経営指南書はありそうでなかった。この点において、まさに待望の書である。
東証3市場の上場会社数の合計は3,800社強を数え、日本は数の上では上場会社大国である。毎年100社程度の新規上場会社が生まれ、2000年時に比べて上場会社の数は2倍近くに増えた。しかしながら、時価総額1,000億円以上の会社数は800社に満たない。一方で、時価総額が300億円未満の比較的規模の小さい会社が約60%を占めており、かつ、これらの会社の時価総額の合計は東証全体の時価総額のわずか3%程度にとどまるという市場構造になっている。このことは、多くの会社が上場後に成長の限界に直面し、企業価値を上げることができていない現実を示している。なぜこうなったのか。マネジメントのつたなさや、成長戦略の選択の誤りが多くの会社に共通する原因だろう。スタートアップ/ベンチャー企業経営者がこれらの問題を解決するためのヒントを示してくれるのが、まさに本書なのである。
本書は、9章からなり、起業にあたっての留意事項と成長段階における諸課題を紹介した後に、スタートアップ/ベンチャーの盲点になりがちなマネジメントの主要論点について解説する。そして、成長戦略として、「IPO戦略」、「M&A戦略」、「プライベートカンパニーとして展開する選択」という3つを示し、各企業が最適な選択をするためのアドバイスを提供する。続いて、上場後の経営上の留意事項について解説した後に、最終章の「著名経営者の起業からの歩み」において、京セラ、ファーストリテイリング、ニデック、ソフトバンクの成長の軌跡をたどって締めくくる。重要な言葉については「Keyword」という欄を設けてわかりやすく解説するとともに、随所にColumnを設けて、実務や実例に即した補足説明を加えるなど、読者の理解を容易にする工夫が凝らされている。わかりやすさを追求した読者本位の構成となっているのがありがたい。
著者の三浦氏は、私と同時に公認会計士試験に合格し、同じ監査法人に入社した。37年前のことである。三浦氏は以来、一貫してスタートアップ/ベンチャーの育成とIPO支援・監査に注力し、300人を超える起業家と付き合い、30社を超えるIPOを実現させた。まさにこの道のプロ、第一人者である。本書は、成長の過程で日々の経営やさまざまな利害関係者とのかかわりに悩むスタートアップ/ベンチャー経営者に寄り添ってきたプロフェッショナルの経験の集大成なのである。スタートアップ/ベンチャー経営者には、常に手許において、悩んだ際に何度も手にとっていただきたい。これから起業を目指す方やスタートアップ/ベンチャーを支援する方にも大いに参考となるに違いない。
手塚 正彦(一般財団法人会計教育研修機構 理事長・日本公認会計士協会 前会長)
記事掲載書籍をカートに入れる