『買い手目線のM&A実務』(『旬刊経理情報』2023年11月10日号掲載書評)

書評

買い手目線のM&A実務 旬刊経理情報』2023年11月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:田名網 尚 氏)に『買い手目線のM&A実務』(大野 貴史〔著〕)を掲載しました。







近年、上場会社においては、成長戦略を実現するための戦術として、M&Aへの取組みが活発に行われている。すでに多くの上場会社が実際にM&A案件を経験しているであろうし、また、今までM&Aを一度も経験したことのない上場会社であっても、今後、いつM&A案件に取り組むことになってもおかしくはない時代になってきている。

ところで、上場会社がM&A案件に取り組む場合には情報管理の観点から、当初は関与する部門が企画部門等のごく一部の部門に限られ、その後、案件の進捗に応じて関与する部門を広げていくのが一般的である。経理部門に情報が共有されるのは、基本的にはM&Aの実現可能性がある程度高まってきたところからではないだろうか。経理部門の担当者は、そこからプロジェクトに参画するわけだが、初めて経験するM&Aであるのに、このM&A案件は現在どのようなプロセスにあり、経理部門はどのように関与していけばよいのかなど、速やかな状況の把握と案件への対応が求められることになる。また、M&Aにおける経理担当者の役割は、M&Aの実現だけでは終わらず、M&A後の経理面での対応も必要となる。

したがって、経理担当者もXデーに備えての準備をしておきたいところであるが、M&Aの形態はさまざまであるので、多くのケースを最初から網羅的にカバーすることは難しい。その点、本書は、「国内の売り手企業の株式を100%取得するケース」をモデルとするとともに、経理担当者が初めてM&A買収案件に取り組むことを前提として書かれている。具体的には、前半は、M&Aの実現に向けた対応であり、M&Aのプロセス、買収価額の決定、M&Aに係る会計や税務、さらにはM&Aに関する開示などについて説明されており、また、後半は、経理担当者の役割として、M&A成立後の経理財務領域のPMIやのれんの減損等について説明されていることから、まずは、この1冊で、M&Aの基本を理解することができよう。なお、著者は、公認会計士・税理士であり、大手監査法人、税理士法人や証券会社等で実際にM&Aの業務を担当してきたので、M&Aの理論に加え実務経験に根ざしたわかりやすい内容となっている。

本書は、主に初めてM&A案件に取り組む経理担当者向けであるが、もし、会社に経営戦略を実現するための戦術としてM&Aに積極的に取り組もうという姿勢があり、すでに目の前に具体的なM&A案件があるならその対応として、また、今後、M&A案件に取り組む可能性があるのであれば、その準備として、手許に置いておきたい1冊である。

また、本書はその内容からみると、経理担当者だけにとどまらない。M&Aの経験が少ない、あるいは、まだM&Aを経験していない上場会社のM&Aに関与する役員や部門担当者等にとっても、さらには、M&Aの成果は最終的には、財務諸表を含む有価証券報告書に表れることを考えると、上場会社の取締役等も一読の価値があるだろう。

田名網 尚(法政大学兼任講師、マネックス・アセットマネジメント㈱監査役)

記事掲載書籍をカートに入れる