書評
『旬刊経理情報』2024年2月1日増大号の書評欄(「inほんmation」・評者:高橋 大貴 氏)に『目的別 自己株式の活用法』(尾田 智也〔著〕)を掲載しました。
自己株式の活用は重要な財務戦略の1つである、ということは一般的にいわれるが、では具体的にどのような場面で自己株式はその本領を発揮するのだろうか。本書は、経営者の目線から、たとえば「株価が割安であることを伝えたい」、「ROE(自己資本利益率)を改善したい」、「従業員に株主価値向上へのモチベーションを与えたい」といった、「〇〇したい」と想定される経営課題に応じて、自己株式の取得・保有・処分における18もの有効な活用法を取り上げている。これによって、自己株式が企業価値向上等の役割を果たす、といった、本領を発揮する場面をわかりやすく解説している。
東京証券取引所(以下、「東証」という)は2023年3月31日、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社を対象として、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。これは、現状、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場企業がROE8%未満、PBR(株価純資産倍率)1倍割れといった資本収益性や成長性に課題があり、今後の企業価値向上の実現に向けて、資本コストや株価に対する経営者の意識改革が必要であるとの指摘に基づくものである。
こうした東証の後押しも受け、投資家や株主等から、「低ROE、低PBRの状況をどのように受け止め、どのように改善していくのか?」、「余剰資金の使い道は?」、「株主還元政策は現状で十分と考えているのか?」といった経営陣の頭を悩ませる問いかけが、これまで以上に増えることが予想される。
先述の東証からの要請を受け、上場会社では自己株式の取得を発表する企業が急増している。東証としては、資本コストを上回るROEを継続して達成し、高い成長性を示すことで、株価を向上させる、といった中長期的な取組みを促すことが要請の本意であり、自己株式の取得や増配のみの対応といった一過性の対応を期待するものではない旨が公表されている。
しかしながら、それでもなお、自己株式の取得に踏み切る企業が多い背景には、経営陣の株主還元に対する姿勢を市場に伝達するために欠かせない重要な戦略の1つと位置づけているからでもあろう。
このような自己株式の取得を通して市場に対してポジティブな信号を発信する、といった自己株式の活用は、本書で提示されている18の方法のうちの一部にすぎず、他にも、役員・従業員への株主価値向上のモチベーションを与えたい、持ち合い株式解消による株価の下落を回避したい等、企業価値の向上ないしは下落阻止に対する有効な活用法がいくつも提示されている。
企業経営を担っているCxOの方々や次代のCxOの方々、経営陣を支える財務・経理部門の方々には、ぜひとも本書によって自己株式のさまざまな活用法を知っていただき、カタログとして手元に備え置くことで、企業価値の持続的な向上という難題に立ち向かっていただきたい。
高橋 大貴(公認会計士・税理士・社会保険労務士)
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