書評
『旬刊経理情報』2024年3月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:矢治 博之 氏)に『図解でスッキリ 会計で使う「割引現在価値」入門』(EY新日本有限責任監査法人〔編〕)を掲載しました。
会計に関する業務に長らく携わってきて、この書籍の書評の依頼を受けたとき、「割引現在価値」というニッチなテーマで書籍を1冊書くこ となどできるのだろうか、というのが第一印象であった。実際に書籍を手に取り、目次をみたときに、実際に実務で使われる割引計算、すなわち割引現在価値を章別に解説してい るのが斬新であった。
というのもこれまでの会計分野の解説本では、たとえば減損会計、退職給付会計、リース会計といった切り口から書籍をまとめるのが一般的であった。ところがこの書籍は、最初の2章で割引現在価値と割引率について解説したあとは、「固定資産の減損」、 「資産除去債務」、「退職給付会計」、「リース会計」、「時価の算定に関する会計基準」という会計テーマにおいて、どのように割引計算が行われているかをわかりやすく解説している。
40年ほど歴史をさかのぼると、日本の会計基準はそのほとんどが過去に行われた会計処理をもとに会計が組み立てられるとともに、取得原価主義が前提になっていた。1990年代後半からの会計ビッグバンで、退職給付会計、税効果会計、金融商品会計、固定資産の減損会計など、これまでの会計の常識を覆す多くの新制度が導入された。
これらの新しい会計基準のなかで、将来の価値を予測し、それを現在の価値に引き戻すというのが、いわゆる「割引現在価値」という概念である。当時、会計監査業務に従事する立場としては、将来の価値を予測するということは多分に見積りや判断の要素が会計という世界に入り込むため、判断の難しさに直面してずいぶん悩んだ記憶がある。
また、現在は円安や国際情勢の不安定化に伴い、日本でも多くの原材料や消費財の価格が上昇している。こうした局面では、今の100万円が10年後には価値が目減りをしてしまうといったような生活に直結する場面でも割引現在価値という考え方を理解しておくことは、とても重要なことだといえる。そうした点からも本書籍の出版は時機を捉えている。
本書籍では、難しいテーマをわかりやすく解説するための工夫も随所に盛り込まれている。たとえば、会計基準と割引率の関係を解説している章では、最初に「すごろくで理解!」というタイトルで、各会計テーマをどういうプロセスで理解するのかをビジュアル的に説明している。また見開きページでそれぞれの説明が完結しているとともに、右ページは図表やイラストで内容を解説しているので、これから割引現在価値を知りたいという読者にとっても気楽に読み進められる。各所に、「Key Word」や「Check!」というミニ解説があるのもありがたい。実務で苦労してきたテーマを読者にやさしく伝えたいという執筆陣の思いが読者にも伝わってくる。日頃より会計実務にかかわっている方はもちろん、会計の世界が難しいと感じている方にとっても必読の入門書としてお薦めしたい。
矢治 博之(三菱UFJ信託銀行株式会社 証券代行営業推進部顧問・公認会計士)
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