書評
『旬刊経理情報』2024年4月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者:伊藤 彰敏 氏)に『スタートアップ・バリュエーション―起業家・投資家間交渉の基礎となる価値評価理論と技法』(池谷 誠〔著〕)を掲載しました。
日本経済の活力源として、スタートアップの重要性がこれほどまでに強調された時代はなかった。一方で、スタートアップの価値評価において、しばしば起業家と投資家との間に大きなギャップが生じることも事実である。本書は、まさにこのギャップを埋めることを柱に据え、さまざまなスタートアップ価値評価法について、そのロジックをわかりやすくかつ妥協することなく解説した良書である。
ベンチャー・キャピタル(VC)などのスタートアップに資金を提供する金融機関の立場から本書をひもとけば、本書が指摘するところのスタートアップの特殊性(財務データの欠如、高いリスク、複雑な成長シナリオ)を価値評価においてどのように考慮すべきかという点が明確になろう。とりわけ本書の醍醐味は、主要な価値評価アプローチであるマーケットアプローチ、インカムアプローチ、ネットアセットアプローチのそれぞれにおいて、評価手法をどう修正したらよいかについて、極めて丁寧に論じていることである。
投資家としては、スタートアップのなかで将来大きく成長する案件を見つけ出すことに関心が高いはずである。しかし個々のスタートアップが成長できるかどうかの見極めは極めて難しい。本書は、こうした点についても有用な視座を提供する。本書は、スタートアップが大きく成長した場合の成果に権利を確保する新株予約権付きのエクイティーや負債の価値評価について解説している。そこではオプション評価モデルに基づき、スタートアップ価値のボラティリティー(リスク)に肯定的な役割を与えるフレームワークを紹介している。
起業家の立場に転じれば、本書はやはり極めて有用な指針を示してくれる。外部から資金調達する場合、投資家のボキャブラリーやロジック、懸念事項を理解することは、起業家にとって極めて重要である。とりわけ、本書に登場するさまざまな価値評価手法において、スタートアップのリスクや複雑さを投資家がどのようにペナルティーとしているかに着目されたい。重要な点は、これらのペナルティーは機械的な計算の結果ではなく、投資家の保有する情報に基づいているという点である。言い換えれば、起業家が適切な情報を提供し投資家の懸念を低減できれば、ペナルティーを低下させ、価値評価を高められるということである。
起業家にとって、本書における新株予約権付きの資金調達の解説も示唆に富む。オプション評価モデルの世界では、スタートアップのリスク、とりわけ上方のポテンシャルがそれを取り込む調達手段に対する高い価値評価につながる。また投資家間の価値配分にかかわる問題が背後にあるので、投資家にある種の競争を促すことで交渉を有利に進められる可能性もある。
結論として、本書は、投資家と起業家が双方の利益拡大を実現する地点に到達するために、交渉の基礎と指針を与えてくれる良書であるといえる。
伊藤 彰敏(南山大学経営学部 教授)
記事掲載書籍をカートに入れる