書評
『旬刊経理情報』2024年7月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:佐々木 清隆 氏)に『TNFD企業戦略ーネイチャーポジティブとリスク・機会』デロイト トーマツグループ〔編〕)を掲載しました。
サステナビリティをめぐる国際的な開示の枠組みに関する議論が急速に進展している。2023年6月に国際財務報告基準(IFRS)財団が、「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(S1号)および「気候関連開示」(S2号)を最終化し国際的な開示基準が標準化された他、同年9月には、本書で取り扱っている、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言が公表された。本書はTNFD最終提言の内容を網羅的にカバーした本格的な解説書である。
本書の特長としてまず、TNFDの全体像を体系的に理解するうえで大いに助けになる。TNFDはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と似ているが、内容が非常に複雑だ。TNFDでは、TCFDが扱う気候(大気)に加えて、陸、海、淡水なども対象とする。また、自然が企業にどのような影響を与えるかだけではなく、企業がどのように自然に影響するかを考察する必要がある(ダブルマテリアリティ)他、影響を考えるうえでは地域性を考慮することなどが、TCFDとは違う点だ。
本書はTNFD開示推奨事項である4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクと影響の管理、指標と目標)および14の開示推奨項目の解説だけでなく、各開示項目がなぜ要求されるか等を詳細に解説しており、企業のパーパスを踏まえた対応を考えるうえで参考になる。
また、TNFDの特徴でもあるLEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Access, Prepare、自然関連の問題を評価する統合的なアプローチ )についても、項目ごとに意義・目的、分析ステップの詳細を解説し、具体的にどのような分析を実施すべきかを理解するうえで助けとなっている。
さらに、開示項目の内容、分析アプローチの内容の解説にとどまらず、企業が事業戦略上、自然関連・生物多様性テーマをどのように活かしてくか、具体的なネイチャーポジティブ推進のための実践的なアプローチも解説している。
TNFDが扱う対象は広範だが、各企業のビジネスプロファイルによって、関係する対象は異なり、具体的に事業戦略にどのように落とし込んでいくかは重要なポイントだ。本書では6つのケーススタディを取り上げ、各企業の取組みの違いも解説している。金融3社、事業会社3社の例を取り上げているが、金融は投融資ポートフォリオにさまざまなセクターを含むため、事業会社よりも複雑かつ多様な分析が必要となろう。また、自然関連テーマ・生物多様性に関する分析の課題に対して、分析の前提となるシナリオ分析・シナリオプランニングを解説している他、自然関連分析ツールの活用方法にも踏み込んで解説している。
このように、本書はTNFDの最終提言の各項目の解説をもとに、企業のビジネスモデルや経営戦略を起点に対応するための実践的なアプローチを考えるうえで、是非ともお勧めしたい一冊である。
佐々木 清隆(一橋大学大学院経営管理研究科 客員教授)
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