『マニュアルには載っていない会計士監査現場の教科書』(『旬刊経理情報』2024年10月20日号掲載書評)

書評

マニュアルには載っていない会計士監査現場の教科書 旬刊経理情報』2024年10月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者:手塚 正彦 氏)に『マニュアルには載っていない会計士監査現場の教科書』玉井 照久〔著〕を掲載しました。







本書は、「監査マニュアルは、マニュアルではありません」という一節から始まる。確かに、監査マニュアルは、「批判的に検討するとはどういうことか」、「監査先と意見対立したときにどう対処するか」といった現場で直面する問題に対する直接的な解を必ずしも示してはいない。監査マニュアルどおりやれば、監査の目的を達成できるとは限らないのだ。

では、どうすればよいのか。OJTでノウハウを身に付けるというのがこれまでの常識だろう。しかし、リモートワークが常態化した昨今、従来型のOJTを実施することは難しくなっている。さらに、監査規制がどんどん強化されるなかで、十分な監査経験を積む前に監査法人を退職する者が増えている。著者は、こうした現実に危機感を覚えて本書を著したに違いない。

まず、第1章「監査スタッフにありがちな4つの誤解」と第2章「監査マニュアルにはない監査の極意」で、現場感のある腹落ちする言葉で監査の本質を語っている。「監査はクライアントのためと思って取り組んできた」という著者の姿勢にはとりわけ共感を覚える。監査先を「良い会社」にしようという思いが、監査人のモチベーションと成長の糧となり、ひいては投資者・債権者保護という社会的使命を果たすことにつながると考えるからだ。また、「監査調書のNGワード」では、ありがちな悪い監査調書の記述例を通じて監査への取り組み方をわかりやすく教えてくれる。「こんな説明のしかたもあるのだ」という新鮮な驚きを覚えた。

第3章「監査先との接し方」、第4章「監査チーム内のコミュニケーション」および第5章「プロジェクトマネジメント」では、監査を円滑に進めるために必須のスキルの身に付け方について、現場で遭遇する場面を例示しながら教えてくれる。第6章「監査と倫理観」の、「公認会計士が道を踏みはずすとき」には、ハッとさせられた。われわれ公認会計士は、公共の利益に資する責務を負っている一方で、著者が指摘するとおり、実は、倫理観を保ちにくい境遇に陥りやすいのだということを忘れてはならない。

著者は、若くして監査法人に入社した後に、海外駐在を経てパートナーとなり、グローバル企業の監査責任者として現場を支えてきた。現在は、SNSも活用しながら、若手の監査人に対するアドバイスや支援を行っている。本書は、著者の年を超える監査経験から導き出されたOJTのエッセンスを、体系的かつわかりやすく示した、まさに「現場の教科書」である。

監査は、財務諸表上の数字の検証を通じて、その背景にある活きた企業活動全体を学べる稀有な仕事である。若手の監査人の皆さんには、本書をぜひ手に取って、監査の魅力を感じながら現場経験を積み重ねて欲しい。きっと、どこに行っても通用する「プロ」となる礎を築けるに違いない。

最後に、本書は、ベテランの監査人にとっても、自身の経験を整理し、よりよいチームを作るための格好の手引きとなることを付言する。

手塚 正彦(一般財団法人会計教育研修機構 理事長・日本公認会計士協会 前会長)

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