書評
『旬刊経理情報』2025年1月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:持永 勇一 氏)に『経理・財務担当者のための契約書の読み方』EY新日本有限責任監査法人〔編〕を掲載しました。
企業活動が国際化するなかで契約管理の重要性に関する認識から、多くの企業で法務対応の強化が行われている。また、企業会計の分野においては、基準の複雑化・高度化に伴い、適時に適切な会計処理を行うために、第一義的に経理・財務部門において契約書を正確に読み解く力が必要になっている。たとえば、収益認識会計基準の適用に際しては、5つのステップを経て会計処理を行うことが求められており、最初のステップが「顧客との契約の識別」である。このように契約書の内容を正しく読みこんで、何がポイントになるのかを判断し、会計基準の要件に適切に当てはめていくことが求められている。
本書は経理・財務担当者をメインターゲットとしており、契約書が稟議決裁や証憑書類として回付されてきたときに、会計処理を適切に行うために契約書のどの部分を見ればよいかについて解説している。また、収益認識、金融商品、不動産取引、リース取引、組織再編および株主や役職員との取引に関する契約を取り上げていることから、事業計画策定に関わる経営企画担当者や、契約書のレビューを実施する法務担当者にとっても、会計基準のポイントを適切に理解して的確な戦略策定やアドバイスを行うために大変有用な内容である。
本書の特色は、契約書における基本的な用語を説明し、企業活動における典型的な取引に関する契約を取り上げ、会計処理と契約書がどのように関係してくるかを解説し、各契約取引における会計処理を説明し、そのうえで契約書の文言を示しながら、会計処理のポイントとなる箇所を示していることにある。加えて、契約取引における会計処理の概要を説明し、その会計処理を行うために契約書を見るときの実務上のポイントを、具体的な契約書の文言を用いて解説し、さらに各契約書の具体的な文言を記載しており、企業実務に根差して非常に明快であり、価値のある内容となっている。
各章を簡単に説明すると、第2章は収益認識会計基準。第3章は、金融商品取引のうちでも、実際に取引が多く契約書を読み解く必要性が高い株式取引やデリバティブ、債権流動化および資金調達。第4章は不動産取引のうち、SPC(特別目的会社)への譲渡を含む売買取引と賃貸借取引と資産除去債務。第5章は2024年9月に公表されたリース会計基準(公開草案ベース)についての言及。第6章は、組織再編のうち、合併、分割、共同支配、第7章は株主や役職員との取引のうち、株主間協定、株式報酬。第8章は信託契約、退職給付、不利な契約に関するポイント、というように経理・財務部門で取り扱う会計処理に関連すると考えられる契約について、網羅的に取り上げられている。
契約書と会計処理との関係について十分なノウハウを有する企業・実務担当者は少ない。経理・財務担当者が企業実務の現場で能動的に判断し、必要に応じて法務担当と協議を行うべき状況を認識するためにも、本書を手にして、適切な会計処理の遂行を進めていただきたい。
持永 勇一(早稲田大学教授・公認会計士)
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