『税務担当奮闘記―企業税務の心得と体制強化』(『旬刊経理情報』2025年1月10日・20日合併号掲載書評)

書評

税務担当奮闘記―企業税務の心得と体制強化 旬刊経理情報』2025年1月10日・20日合併号の書評欄(「inほんmation」・評者:南 繁樹 氏)に『税務担当奮闘記―企業税務の心得と体制強化』菖蒲 静夫〔著〕を掲載しました。







「キヤノンの経営を共に支えた税務の考え方がわかる。経営に携わる方にもお勧めしたい。」。キヤノン㈱の代表取締役副社長CFOである田中稔三氏による帯文である。税務担当者にとって「経営を共に支えた」と称されることは最高の栄誉であろう。この本は、その栄誉に浴したキヤノン株式会社の菖蒲静夫氏の40余年にわたる奮闘の記録である。

菖蒲氏は1981(昭和56)年にキヤノン株式会社に入社した。ドルの大幅な切下げをもたらす1985(昭和60)年のプラザ合意の前である。その後、わが国はバブル経済とその崩壊を経験し、それに対応するため会計・税務は革新を迫られ、税務も組織再編税制、連結納税制度、移転価格税制、CFC税制やBEPSに至るまで、著しい改革を体験した。

この間におけるキヤノン株式会社の制度変革を支えたのが菖蒲氏である。しかし注目すべきはその変革の激しさではない。菖蒲氏はすでに1993(平成5)年に課長代理として「税務グループ5ヵ年計画」を作成し、経理部長に具申しているのである。いわく、①事務屋から経営管理スタッフへ、②税務調査反省・改善型から事前指導・予防型へ、③相談受付型から問題発見・解決策提案型へ、④固定的エキスパート集団から複眼スペシャリスト集団へ、⑤親会社単体税務からグローバル&グループ税務へ、と(19頁)。瞠目すべきは、これは会計ビッグバンや国際課税の激的変化の前ということである。

そこにみるべきは、外界の荒波を予見し、どう対応すべきかをいち早く立案し、臆することなく上司に進言し、時間をかけて自らチームを形成していく、その「意思」である。税務は「できて当然」であり、「そんなことに一生懸命頑張っても誰も評価しないよ」 と言われるため、不満を持つ税務担当者もいるかもしれない。菖蒲氏は言う。「税務担当者は、会社として組織として税務の重要性について、理解と支持を得るべく勇気と情熱を持ち働きかけ続けることが必要と心得ます」(38頁、強調評者)。税務の本で「勇気と情熱」が語られた ことがあっただろうか。

実践論として、事業部門等の意思を尊重し理解したうえでの税務コンプライアンスの具体的な方法が語られている(110頁)。その社内的な実践として、社内向けのルール類の提示、税務研修・会議等を通じたコミュニケーションなど、他社にとっても参考になる。税務調査官との向き合い方について「税務調査官からも会社関係部門からも信頼を得ることができるようになりました」(145頁)とは達人のなせるわざであろう。悩みもある。働きながら税理士資格を取得した後輩が退職、キャリア採用の有資格者も退職と人事は難しい(76頁)。ご本人もTOEIC385点からの出発で英語に難儀した(166頁)。これらの苦労に読者はむしろ勇気づけられよう。

この本は、税務が専門化・複雑化を極めるなかで、いかに人材を育成し、会社としての体制を強化するか、そのなかで1人の税務プロフェッショナルが経営を支えるとともに、自らを成長させていったか、その疾風怒濤を描いたビルドゥングスロマン(青春記)にほかならないのである。

南 繁樹(弁護士)

記事掲載書籍をカートに入れる