書評
『旬刊経理情報』2025年2月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:玉井 照久 氏)に『財務諸表監査の基礎概念』林 隆敏〔編著〕を掲載しました。
大手監査法人では、公認会計士試験の論文式試験合格者を新入職員として受け入れ、新人研修をスタートさせる時期となっている。
会計士試験受験生にとって、昔も今も監査論はもっとも捉えどころのない試験科目であり、結果として暗記科目と化してしまう。そして合格後も、基礎概念について顧みることのないまま、実務を覚えていく。少なくとも私は、そうやって33年間監査実務に従事してきた。
そんな実務家は、この本とどう向き合えばよいのか。
本書を最初に手に取ったとき、これは定義を詳細に解説した本だろうと想像していた。しかし、読み始めてすぐに、基礎概念の広大な森に分け入ったことを感じた。本書が取り上げている個々の概念には、長い歴史があり、現在も議論の対立があり、将来に向けての課題がある。
私のように長く監査業界にいると、これまでにさまざまなタイミングで学んだことを断片的な知識として記憶している。それらは整理されることなく、また互いに矛盾することもある。
そんな古い知識を整理してくれたのは、たとえば監査アプローチを取り上げた第11章である。監査においてリスク・アプローチが導入され、事業上のリスク等が重視されるようになるなど、監査アプローチは変化を続けた。その過程をあらためて追いかけることで、現行の監査アプローチの理解を深めることができた。
本書は、キーとなる基礎概念ごとに章立てされており、各章は日本の監査学界を牽引する先生方が分担執筆されている。その結果、テーマに応じた多様な切り口により語られている点が本書の1つの魅力といえる。
そのような切り口の一例として、第16章では、固有リスクの評価が多数の図とともに解説されている。実務では、固有リスクの評価に基づく特別な検討を必要とするリスクの識別には迷うことが多い。第16章では、影響の度合いが大きいが発生可能性は低いリスクについての取り扱いなど、実務家がリスクに関する判断を行ううえで参考になる議論が展開されている。
最終章である第22章では、大学教員と公認会計士である実務家を対象とした意識調査の結果がまとめられている。
そのなかで「財務諸表及びその構成要素である財務諸表項目に含まれるアサーションと、監査人が立証する監査要点は同じである」という設問に対して、監査実務の経験のある者(実務経験のある教員を含む)46%が同意するのに対し、経験のない者では同意が14%にとどまることは興味深い。これらの顕著な断絶は、学界と実務界との対話を増やすことにより、双方に新たな視座をもたらす可能性を感じさせる。
本書で議論される基礎概念のそれぞれの背後には、膨大な知の蓄積がある。本書は、基礎概念を理解するためのガイドとなり、その全体像を示す地図の役割を果たす。本書を携えて基礎概念の森を探求し、監査の土台を深く理解することで、実務に新たな視点を取り入れる公認会計士が増えることを望む。
玉井 照久(公認会計士)
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