書評
『旬刊経理情報』2025年4月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者:待場 智雄 氏)に『ESRS〈欧州サステナビリティ報告基準〉ハンドブック―持続可能な成長のためにダブル・マテリアリティで考える』三井 久明・片岡 まり〔著〕を掲載しました。
今年3月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)がサステナビリティ開示基準を最終化し、日本においても時価総額5,000億円以上の東証プライム上場企業のみが対象とはいえ、有価証券報告書(有報)におけるサステナビリティ情報の法定開示がスタートすることになった。
こうしたなかで法定開示を先んじて来たのが欧州連合(EU)である。2024年初に企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が施行され、EU域内の大企業は今年から欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)にのっとった開示が義務化されている。数年後には、EU域外企業の一部にも対象が拡大されることから、欧州に拠点を持つもしくは輸出を行う日本企業のなかには、情報収集を進めたり、すでにESRSを利用した報告の作成に取り組んだりしているところもある。本書は、最大約1,200ものデータ収集が要求され、膨大にみえるESRSの構成や特徴、各項目を日本語で包括的に、かつかみ砕いて解説し、企業担当者の期待に応えるタイムリーな内容である。
サステナビリティ報告の分野では、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)のスタンダードを参照した開示が20年来行われてきた。実はESRSもGRIに大幅に依拠していることから、GRI認定研修講師で㈱国際開発センターSDGs室長の三井氏、株式会社資生堂でコミュニケーション等の実務を担当された「株主と会社と社会の和」理事の片岡氏が共同で筆を執ったことの意義は大きい。GRIの登場以来、多くの基準や枠組みが生まれてきたが、それらの関係性や違いをわかりやすく整理し、ESRSの各要求事項の根拠を明確に示した。
ESRSは報告原則として「ダブル・マテリアリティ」を掲げ、SSBJ基準やその基となった国際財務報告基準(IFRS)サステナビリティ報告基準の「シングル・マテリアリティ」と区別しているが、GRIスタンダードが求めてきた企業活動の環境や社会へのインパクトをまず把握し、それをベースに気候変動など環境・社会課題が事業にもたらす財務的影響を考えることを推奨し、シングル・ダブル双方のマテリアリティの整合性をうたっている点は特に注目に値する。
EUは今年2月末、CSRD、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミーを一体化した「オムニバス・パッケージ」草案を公表した。CSRDにおいては、適用対象企業を約8割減らして大規模企業に限り、ESRSのデータポイントを大幅に削減・整理するとしている。このことから、EU域外企業への適用も延期・緩和が見込まれる。
一方で、ダブル・マテリアリティ原則の適用は維持されており、来たるべきバリューチェーンを通じたデータ収集の必要性も踏まえ、いぜん本書の有用性は変わらない。一般読者にも読み進められるよう図や事例を多用して解説されており、長らく役立つ参考書ともなるであろう。
待場 智雄(ゼロボード総研所長 グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事)
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